【戦績観測】ウマ娘1993世代 7名の軌跡

BNW ウマ娘

おはようございます。シンデレラグレイの映画化を心より夢見るブログ管理人のあーさんと申します。

今回はBNWが牽引した世代をピックアップ。
1990年に生誕し1993年にクラシック戦線を迎えた競走馬の名を持つウマ娘7名の戦績を同時に観測していこうかと思います。

といっても流石に7名をスペースに納めるのは至難の業。なので割り切ってBNW編と他4名編の2部構成でお送りします。

最後には簡易的なマッチアップのまとめ表も載せておりますので、こんな感じで同世代同士でライバル関係を育んだとイメージしていただければ何より。

それではスタート!

まずはジュニア時代から観測。
この時期の特徴としてはマッチアップが確認できないこと。そして3名とも目覚ましい戦績を記録していること。メイクデビューから年の瀬までの短い期間で着入りはもちろん1着を複数回記録している。

凄まじい傑物たちが揃っていると実感させてくれます。

年が明けてクラシック級へ移行。ここが面白いほどマッチアップの嵐!
クラシック3冠で見事に冠を分け合う形になっているのが面白いですね。

年の瀬の有馬記念。これはアニメ史にその名を刻んだ神回:ウマ娘プリティーダービーseason2のラストランにも該当します。

1994年。シニア級へと移行。
ここでの特徴は3名が揃い踏みするレースがないこと。ビワハヤヒデの有馬記念での2着をきっかけに覚醒とも言えるほどの強さを誇っていると解釈できるほどの連勝っぷりを誇っています。

すげぇ〜

と、つい呟いてしまう。

1995年。昨年の天皇賞(秋)で復帰できない状況となってしまった2名は引退し、少し遅れる形でナリタタイシンのラストランが訪れる。

長い休養期間から明けて、人気投票で出馬が決まる宝塚記念。

ファンはどのような想いを込めて投票したのでしょうか?
これは私の勝手な思い込みですが、勝って欲しいという気持ちよりも最高の舞台で走る姿を目に焼き付けたかったのだと思います。

16着という結果になりましたが、ファンの想いを抱えてゴールまで辿り着いたナリタタイシンの姿は勝利以上にファンに感動を与えてくれたのではないでしょうか?

それではBNW編を終えたので、同期4名の戦績も追跡していきましょう。
ジュニア級はこんな感じ。ノースフライトのデビューは翌年へと持ち越し。

ロイスアンドロイスはデビューも遅く年の瀬ギリギリ。かつ年内に1着を掴めず。

1993年。クラシック級。
サクラチトセオーは体質的な課題でなかなか出走できない。青葉賞も出走予定を直前で取り消すほど。スライドする形でNHK杯をクラシック級のデビュー戦とし、そのまま日本ダービー。結構なハードスケジュールだ。

ノースフライトユキノビジンは共に牝馬。エリザベス女王杯で激突しているのが確認できます。
こうしてみると牝馬が駆けたティアラ路線の役者が不足しているように感じられる。是非とも同世代の牝馬代表格をウマ娘としてデビューをさせていただきたく思います。

この年のロイスアンドロイス。6月まで1着を掴めない状況が続く。故にクラシック3冠に挑むのも最後の菊花賞まで贈れる形になってしまっている。2着3着をこれほど記録できるのも凄まじいのだが、1勝利もしていないモノに門を開かないクラシックの格というのを思い知らせれてしまう。

1994年、シニア級。ユキノビジンはクラシック級でのラストランで早期リタイア済み。

サクラチトセオーは身体的課題を克服し、戦線に復帰。宝塚記念と有馬記念というグランプリに選出されているのがすごいなぁ〜。

ノースフライト。マイル路線を開拓し。安田記念とマイルCSを同年に連覇しているのは凄まじい限り。
というかマイルCSは引退試合=ラストランである点も見逃せない。

ロイスアンドロイス。1着2着を記録しているが、オールカマー以降の3着3連続に目が釘付けになる。ジャパンカップという国際試合で3着を記録できるだけの実力を持つというのが、なんだか喜ばしいですね。

1995年。現役として活動を続けているのはサクラチトセオーとロイスアンドロイス。
サクラチトセオーは天皇賞(秋)という大舞台で1着を掴んでいる点が輝かしいですね。

ロイスアンドロイス。GⅠで勝てない状況が続きます。

1996年。同世代で最後まで走り続けたのはロイスアンドロイス。最後までGⅠ制覇は叶わず天皇賞(春)を最後にターフを去る。

戦績観測はひと段落しましたが、7名の歴史を追跡したことで分かったことがございます。
1名の軌跡だけでは見えてこないレースとレースの繋がりに着目して同世代同士の紡いだ蹄跡をピックアップしてみましょう。

既に前述済みですが、やはりこれは外せない。
1993年のクラシック3冠を3名で奪い合うこのレース展開。何度見ても凄い!凄すぎる。

3度もレースに出走し合うだけでも凄いのだが、1着をを別々のモノが戴冠しているのも凄いと言わざるを得ない。

続いて私の目に留まったのは1994年の天皇賞(春)。
ナリタタイシンの2着に感動を覚えたのです。

なんで2着で感動を!?

と思う方もいるかもですが、菊花賞という長距離で17着という惨敗を記録した翌年。天皇賞(春)という3200mのレースで2位を掴んでいるのです。

これに感動しないわけにはいかない!

最後にピックアップするのはGⅢ:オールカマー。このレースは2つの物語性を感じさせてくれる。

まず一つ。長らく戦線に復帰できずにいたチケゾーが現役最強格としての地位を不動にしつつあるビワハヤヒデと激突。7月の高松宮杯では着入り叶わず、ビワハヤヒデのライバルとして座を疑われていた。

その疑いの目を振り払う結果として2着を記録。

BNW旋風はクラシック時代だけの遺物にあらずと証明したレースであると進言します。

オールカマーはもう一つのドラマがある。
それはロイスアンドロイスがクラシック時代を牽引したBWに肉薄するという快挙を果たしている点。

中々1着を掴めず、菊花賞でようやく戦線最前線に合流したロイスアンドロイス。結果は7着としょっぱい。だが、その後もめげずにレースを積み重ねオールカマーで2名の背中に最も近づき3着入り。

私はこのドラマ性に心震えてしまう。

たとえ3着でもそこに至るまでの積み重ねが魅力的であれば物語を紡ぐには十分すぎる。



因みに余談ですが天皇賞(秋)ではこの3名の中で一番成績が良いのはロイスアンドロイス。これを褒めることもできるのだが、このレースで不調を発覚させたビワハヤヒデとウイニングチケットは引退することとなるので、万全ではなかったことを考えるとあまり褒め称えるのも違うかな〜と。

いかがだったでしょうか?

今回は1990年に生誕し1993年にクラシック戦線を迎えた世代、7名をピックアップしました。
なんとなくライバル関係やレースとレースが紡いだ物語を感じ取って頂けたならば嬉しく思います。

最後に可能な限りわかりやすくマッチアップした関係をまとめて締めとしましょう。

クラシック級では7名がぶつかったのレースはこんな感じ。

シニア級はこんな感じ。ノースフライトは独自の路線を歩んでいるので誰ともぶつからず。ユキノビジンは引退済みですね。

1995年はこんな感じ。

半数以上が引退したために同世代同士のマッチアップはかなり控えめな印象を受けますね。この時期のクラシック戦線のメンバーを参入させればまた違った表にできるかも。

それでは今回は以上となります。

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ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。またのご縁をお待ちしております。

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